加盟店代理人としての事件処理実務

独禁法(フランチャイズ紛争について-情報提供義務違反を中心に)

     2022.09
    日弁連消費者問題特別委員会
                       独禁法部会 幹事  中 村 昌 典

第1 フランチャイズ紛争の概要
 1 情報提供義務違反をめぐる紛争の特徴
   加盟希望者はフランチャイズ本部の収益予測や収支シミュレーションといった数値を根拠のあるものと信用して加盟する。例えば「月商100万円は固い」と言われて出店したところ、実際の売上高はその4割にも達せず、家賃や人件費等の経費を支払ったら毎月赤字であり、数か月で資金ショートしてしまい、閉店を余儀なくされた。加盟者は資金を退職金と金融機関からの借入によって調達したものであり、加盟者の被害が甚大である。
   といった事例がフランチャイズにおける情報提供義務違反の典型的な紛争である。

 2 情報格差・非対象性
(1)加盟者は当該事業の素人である
   フランチャイズに加盟しようとする者は、当該業態や事業について素人であることから、コスト(加盟金やロイヤルティ)を支払ってでもその道の専門家である(はずの)フランチャイズ本部のノウハウを利用しようと考える。他方、その事業について誰よりも精通し、実情をよく分かっているのはフランチャイズ本部である。
(2)文献における言及
   情報の非対象性に言及した裁判官執筆の文献で参照に値するものを引用する。「フランチャイズ契約について消費者契約法が適用されないことは前記のとおりであるが、「情報の質及び量並びに交渉力の格差に鑑み」、これらの面で劣後する者を保護すべきであるという消費者契約法1条の趣旨が、同法の対象外の領域には全く妥当しない、と解する根拠はない。」「法と経済学用語を用いれば、安価事故回避者はフランチャイザーであり、まずもってフランチャイザーにおいて、失敗に至る可能性の高い事業を開始させないため適切な注意を払うことにするのが妥当ではないかと思われる。」(加藤新太郎編『判例check契約締結上の過失』(新日本法規、(本田晃判事執筆)342頁)。
(3)情報格差・非対等性・非対称性
   上記の指摘を敷衍すると次のようにいえる。すなわち、フランチャイザーはフランチャイジーになろうとする者に対して正確で適切な情報を提供しようと思えばそれは簡単に(安価に)実現できる。しかし、フランチャイザーには正確ではない情報を提供してでもフランチャイジーとして契約させ加盟金やロイヤルティを獲得したいという動機付けや誘惑が常にある。判例法理としてフランチャイザーに課される情報提供義務は、こうしたフランチャイザーの誘惑を防止し、フランチャイズ業界の安全性や健全性を確保するものでもある。
   他方、フランチャイジーは当該業界においては単なる素人であり(だからこそ、フランチャイズ加盟を検討する)、フランチャイザーから提供された情報を検討したり、吟味したりするとしても、フランチャイザーとは「情報の質及び量並びに交渉力の格差」があり、自ずと限界がある。
   情報提供義務違反の有無を判断する上では両者の当該事業におけるこうした情報格差や非対等性・非対称性を常に考慮に入れるべきである。


第2 フランチャイズに関する法規制
 1 独占禁止法
(1)フランチャイズ・ガイドライン
   公正取引委員会がフランチャイズ分野における独占禁止法の解釈指針として制定している「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方」(以下「フランチャイズ・ガイドライン」という。)において、「フランチャイズ本部は、事業拡大のため、広告、訪問等で加盟者を募り、これに応じて従来から同種の事業を行っていた者に限らず給与所得者等当該事業経験を有しない者を含め様々な者が有利な営業を求めて加盟しているが、募集に当たり、加盟希望者の適正な判断に資するため、十分な情報が開示されていることが望ましい。」とした上で「本部が、加盟者の募集に当たり、上記(2)に掲げるような重要な事項について、十分な開示を行わず、又は虚偽若しくは誇大な開示を行い、これらにより、実際のフランチャイズ・システムの内容よりも著しく優良又は有利であると誤認させ、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引する場合には、不公正な取引方法の一般指定の第8項(ぎまん的顧客誘引)に該当する。一般指定の第8項(ぎまん的顧客誘引)に該当するかどうかは、例えば、次のような事項を総合勘案して、加盟者募集に係る本部の取引方法が、実際のものよりも著しく優良又は有利であると誤認させ、競争者の顧客を不当に誘引するものであるかどうかによって判断される。」としている。
(2)令和3年改正
   公正取引委員会はコンビニエンスストア加盟者を対象とした実態調査を行い、令和2年9月2日にその調査結果を公表した。これを踏まえて令和3年4月28日にフランチャイズ・ガイドラインを改正・公表した。主な改正内容は、読み上げないが、下記のとおりである。
  ① 募集時の収益等の説明につき、モデル収益等を示す場合は出店予定の店舗の収益を予想するものではない旨の説明要請
  ② 仕入数量強制の違反事例として加盟者の意思に反する発注の記載
  ③ 人手不足や人件費高騰等の経営に悪影響を与える情報の提示及び違反事例として時短営業の協議拒絶の新設
  ④ ドミナント出店に関する既存店への配慮の具体的内容の明示と違反事例として取決めに反した場合を新設
  ⑤ 見切り販売の制限に関して柔軟な売価変更を可能とする仕組みの構築が望ましい旨の注記

 2 中小小売商業振興法
(1)特定連鎖化事業
   小売業や飲食業のフランチャイズは中小小売商業振興法11条に定める「特定連鎖化事業」(=連鎖化事業であつて、当該連鎖化事業に係る約款に、加盟者に特定の商標、商号その他の表示を使用させる旨及び加盟者から加盟に際し加盟金、保証金その他の金銭を徴収する旨の定めがあるもの)に該当する(資料2-1)。該当するフランチャイズ本部は、加盟しようとする者と契約を締結するときは、あらかじめ法及び規則で定める事項を書面を交付しなければならない。
   読み上げないが、法11条が定める事項は下記のとおりである。
一 加盟に際し徴収する加盟金、保証金その他の金銭に関する事項
  二 加盟者に対する商品の販売条件に関する事項
  三 経営の指導に関する事項
  四 使用させる商標、商号その他の表示に関する事項
  五 契約の期間並びに契約の更新及び解除に関する事項
  六 前各号に掲げるもののほか、経済産業省令で定める事項
   なお、小売業や飲食業に該当しないサービス業等のフランチャイズには同法の適用がない。
(2)令和3年施行規則改正
   令和3年に中小小売商業振興法施行規則が改正され、令和4年4月1日施行されている(資料2-2)。開示対象として追加されたものは収益情報、すなわち「加盟者の店舗のうち、立地条件が類似するものの直近の3事業年度の収支に関する事項」である(規則11条7号)。
   読み上げないが、具体的には下記の通りである。
  イ 当該特定連鎖化事業を行う者が把握している加盟者の店舗に係る次に掲げる項目に区分して表示した各事業年度における金額((6)にあっては、項目及び当該項目ごとの金額)
  (1)売上高
  (2)売上原価
  (3)商号使用料、経営指導料その他の特定連鎖化事業を行う者が加盟者から定期的に徴収する金銭
  (4)人件費
  (5)販売費及び一般管理費((3)及び(4)に掲げるものを除く。)
  (6)(1)から(5)に掲げるもののほか、収益又は費用の算定の根拠となる事項
  ロ 立地条件が類似すると判断した根拠

 3 特商法の業務提供誘引販売取引にかかる規制
   適用される場面は少ないが、加盟者個人(法人は含まれない)が無店舗(=事業所等によらないで行う個人)で営業するもので、仕事をフランチャイズ本部が斡旋・提供するとしている場合、特商法の業務提供誘引販売取引(同法51条)に該当し、同法の規制を受ける場合がある(例、本部が仕事をあっせんするビル清掃)ことに留意する。

 4 日弁連意見書
   フランチャイズ分野における包括的法規制の必要性について日本弁護士連合会は、2021年10月19日付けで「フランチャイズ取引の適正化に関する法律(フランチャイズ取引適正化法)の制定を求める意見書」を取りまとめ、同月20日付けで経済産業大臣及び公正取引委員会委員長に提出した。日弁連ホームページに掲載されており、意見の趣旨は下記のとおりである。

1 国は、フランチャイズ取引の健全な発展を図り、同時に加盟者が不当に不利益を受けることのないよう、早急にフランチャイズ取引の適正化に関する法律(フランチャイズ取引適正化法)を制定すべきである。
 2 法律は、名称を問わず、いわゆるフランチャイズ・システムと言われる事業形態において、小売業(外食業を含む。)及びサービス業を主たる事業として営む中小企業基本法の定める規模の中小企業者を加盟者とする場合に適用されるものとし、以下の内容を含むものとすべきである。
(1)フランチャイズ本部が加盟希望者に対して情報提供義務を負うことを明文化するとともに、労働人時を明確にした合理的な収益情報やドミナント出店のリスクに関する情報等の重要と考えられる事項につき、現行の中小小売商業振興法の情報提供制度の拡充を行い、かつ、情報提供義務違反の場合の加盟者の中途解約権や損害賠償請求権を定め、情報開示に関する規制の強化を図ること
(2)フランチャイズ本部に、フランチャイズ契約の契約書ひな型及び事前に開示すべき書面の経済産業省への届出及びインターネット上での一般公開を義務付けること
(3)開業日から1か月間を初期事業撤退可能期間とし、加盟者が無条件で解約して返金を求められる制度を創設するとともに、返金を確実にするために加盟時支払金を公的な機関が預かる制度を創設すること
(4)フランチャイズ契約において、加盟者に一方的に不利益な営業時間を定める条項、過大なロイヤルティを定める条項、加盟者の契約終了後の投資回収機会を奪う競業禁止条項、加盟者に正当事由がある場合の中途解約を妨げる条項、過大な違約金条項及び本部による正当事由のない中途解約又は更新拒絶を可能とする条項等のフランチャイズ・システムによる営業を的確に実施する限度を超える不公正な条項を不当条項として無効とすること
(5)加盟者が団体を設立する権利を保障し、フランチャイズ本部に、加盟者が団体を設立すること又は団体に加入することを妨げてはならないこと、団体に加入することを理由として加盟者を不利益に取り扱ってはならないこと、また、加盟者の団体に対して誠実に交渉に応じることを義務付けること
(6)フランチャイズ本部が情報提供義務に違反した場合は、経済産業省が指示、是正措置命令、業務停止命令等の行政措置を採ることができることとし、これらに従わない場合は公表や罰則を科すことができることとすること
(7)公正取引委員会の「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方」において、優越的地位の濫用に当たるものとして例示する行為(取引先の制限、仕入数量の強制、見切り販売の制限、営業時間の短縮に係る協議拒絶、事前の取決めに反するドミナント出店等、フランチャイズ契約締結後の契約内容の変更及び契約終了後の競業禁止)を禁止行為とし、フランチャイズ本部がこれらに違反した場合は、公正取引委員会が、指示、是正措置命令、業務停止命令等の行政措置を採ることができることとし、これらに従わない場合は公表や罰則を科すことができることとすること
(8)フランチャイズ契約当事者間の紛争を専門的かつ迅速に解決するための紛争解決制度を創設すること

第3 信義則に基づく情報提供義務
 1 裁判例が認める法理
(1)信義則に基づく情報提供義務
   加盟(しようとする)者(=フランチャイジー)がフランチャイズ本部(=フランチャイザー)とフランチャイズ加盟契約を締結するかどうかは、本部が加盟(予定)者に提供する情報に依拠するものであるから、本部が加盟者に提供する情報は加盟者の意思決定を誤らせるようなものではあってはならず、したがって可能な限り、正確で的確な情報を提供すべき義務(情報提供義務)があるというのが、多くの裁判例の積み重ねによって確立されているといえる。法的根拠は信義則である。
  「正確な情報が提供されていれば契約締結しなかった」というのが情報提供義務違反の本質であるが、「欺罔行為が無ければ契約締結しなかった」という詐欺取消とは、両者の法的効果は異なるが、構造的にパラレルであるといえる。
(2)裁判例における言及例
   裁判例の一例を挙げる。「フランチャイズ事業においては、一般的にフランチャイザーは、当該事業に関し十分な知識と経験を有し、当該事業の現状や今後の見通しについて、豊富な情報を有しているのに対し、フランチャイジーになろうとする者は、当該事業に対する知識も経験もなく、情報も有していないことが通常であり、フランチャイジーになろうとする者が、フランチャイズ契約を締結するか否かを判断するに当たっては、フランチャイザーから提供される情報に頼らざるを得ないのが実情である。したがって、フランチャイザーは、フランチャイジーになろうとする者に対し、契約を締結するか否かについて的確な判断ができるよう客観的かつ正確な情報を提供する信義則上の義務を負うべきものと解すべきである。そして、フランチャイザーがこのような義務に違反した結果、フランチャイジーになろうとする者が的確な判断ができないまま、フランチャイズ契約を締結してフランチャイジーとなり、それによって損害を被った場合には、フランチャイザーは、上記義務違反に基づき、フランチャイジーに対して、損害を賠償する義務を負う。」(横浜地判平成27年1月13日判時2267号71頁)。
(3)フランチャイズ・ガイドライン、中小小売商業振興法との関係
   フランチャイズ・ガイドラインは独禁法の解釈指針であり、中小小売商業振興法は行為規制ではあるが違反した場合の民事効を定めるものではない(また、同法はサービス業のフランチャイズには適用がない)。
   実務における対応としては判例が認める「信義則に基づく情報提供義務」を基本とし、提供すべき情報の範囲や質を考える上で上記ガイドライン等を参照する(例えば、中小小売商業振興法が収益情報を開示義務としたのだから信義則上の情報提供義務においても同様に収益情報を正確に開示すべき義務を負う等)、とするのが手堅いのではないかと解される。

第4 事件処理の概要
 1 事案の見極め
   フランチャイズ紛争は事案ごとの個別性が強い紛争類型である。相談者から事情を良く聞き取り、相談者の手持ち資料を精査して、対応を検討する必要がある。事件のスジを見極め、手厚い立証が可能であるか検討するのは他の一般民事事件と同様である。詳細については後掲の日弁連消費者問題対策委員会編『フランチャイズ事件処理の手引〔第2版〕』を参照されたい。
 
 2 問題とする争点の選択
(1)最も重要な点についての情報提供義務違反
   相談者が口にするフランチャイズ本部に対する不満は多数かつ多方面に及ぶことが少なくない。ただ、多数の争点を主張して、裁判所に「どれでも良いからどれか認定してくれ」という態度で臨むのでは説得力に欠けるであろう。情報提供義務違反をめぐる紛争では契約を締結するかどうかに関わる重要な事項にかかる問題(そのことを知っていれば本人も契約締結しないし、他の一般人であっても契約締結しないであろうと言いうる事項)に絞るのが望ましい。
(2)裁判例について
   情報提供義務違反を認定した裁判例を概観しても、何をもって義務違反とするか様々である。読み上げないが、下記のような裁判例が参照に値する。当該事案において何が最も重要な情報(提供義務違反)なのかを検討するのが大切である。
   放置自転車回収業で実態に照らしておよそあり得ないシミュレーションと称する数値で勧誘したことが故意の詐欺に該当するとした事例(東京高判平成30年5月23日判時2384号51頁)、大阪市内でパソコン教室を開業しようとしていた加盟者に、神奈川県内の特定の店舗の実績値を提示することは、大阪市内で同様の売上高を見込める状況でなかった以上、契約を締結するか否かについて的確な判断が可能な客観的かつ正確な情報を開示したことにはならないとした事例(横浜地判平成27年1月13日判時2267号71頁)、自動車の洗車場業で月間平均売上高シミュレーション月270万円と提示したが、実際には月200万円にも達しなかった事案で、商圏分析を誤ったため合理性に欠ける立地評価がなされたとした事例(大阪地判平成22年5月12日判タ1331号139頁)、菓子店で月1258万円と提示された売上予測が実際には月500万円台であったことが、商圏におけるシェア率を過大に見積もったため売上予測を誤ったとされた事例(大津地判平成21年2月5日判時2071号76頁)、コンビニエンスストアで損益分岐点を下回る売上予測を隠蔽した事例(福岡高判平成18年1月31日判タ1216号172頁)、コンビニエンスストアで既に閉店していた近隣の移転前旧店舗の実績値を隠蔽した事例(仙台地判平成21年11月26日判タ1339号113頁)、必要な初期投資額を適切に説明しなかったことにより加盟店に損害を与えたと認定された事例(千葉地判平成19年8月30日判タ1283号141頁)等。

 3 裁判所の説得に向けて
   情報提供義務違反の本質は、契約を締結するか否かについての適切な判断の機会を奪われた(その情報を知っていれば決して契約締結しなかった)ということにある。裁判所を説得するためには、決してぶれない一貫性をもった主張と手厚い立証が必要であろう。提訴前の準備が重要である。

 4 よくある本部の主張への対応について
(1)「売上高が上がらないのは加盟者の経営努力が足りないから」
   フランチャイズ本部に加盟店を繁盛させるノウハウがないことを責任転嫁するためによく見られる主張である。短時間営業を許さないとか、商品の値下げを許さないといった問題を指摘されてきたコンビニではあるが、それでも事業パッケージの完成度やノウハウの精度の高さといった点ではフランチャイズ業界の中では群を抜いてまともである。チェーンとしての知名度が低く、商品やサービスに他との差別化を図る程度の魅力もなく、広告費の掛け方も加盟者募集ばかりに力を注ぎ、消費者への浸透を図ろうとしない本部が多々見られる。他の加盟者も同様に経営不振に陥っている事情など、個人の努力に還元しえない事情を丁寧に拾って主張していく必要がある。
(2)「売上や利益を保証するものではありません」と書いてある
   既存店の平均的実情とはかけ離れた収支シミュレーションを提示して勧誘している事案において、下の方に1行「この表は売上や利益を保証するものではありません。」と書いてあるから責任を負わない旨の主張が本部側から出されることは良くある。
   上記1行を書いておけば、既存店の平均的実情とかけ離れた合理性のない数値を示して良い、という結論には到底なり得ない。既存加盟店のごく一部しか達成していないような数値を示して勧誘することは当該事業を実際よりも優良なものと誤認させるものであり、情報提供義務違反そのものである。
(3)「チラシ配布の枚数が不足している」
   これも加盟店を繁盛させるノウハウをさして持っていないフランチャイズ本部がよく用いる主張である。チラシを配布するといっても費用対効果の観点から検討する必要がある。本部が作成したチラシを配布しても、地域性その他の問題から反響率が極めて低いということもある。新聞折込みといっても新聞を取る家庭は減っており、他方ポスティングはそれ自体を嫌う人も多く、ごみ箱直行ということも少なくない。印刷会社を本部が指定している場合には10%程度のキックバックを本部が受け取っており、チラシをたくさん撒いて儲かるのは本部、ということもよくある。
(4)「セールストークの範囲である」
   「人気がある商品です」とか「お似合いですよ」といった程度の言及は許容されるであろうが、商品や役務の本質的部分にかかる事項について実際よりも優良であると誤認させるような説明は情報提供義務違反に他ならず、許容されるものではない。「セールストークの範囲内であるかどうか」と問うても何の線引きにもならないため、そもそも問題の立て方自体が誤っていると言える。
   2020年に経営破綻・自己破産した整体院のフランチャイズ本部であったM社の例であるが、破綻する直前まで「全店黒字」をうたい文句に加盟者を勧誘していた。「全店黒字」とは既存店の経営が100%うまくいっているということであるから、フランチャイズ起業を検討中の人にとっては訴求力がきわめて強いワードである。しかし、入手した内部資料によれば、実際には既存店の半数以上が赤字であった。知名度の低い本部はこうした「訴求力の強すぎる」うたい文句を、既存店の実情を知りながら、「使わないと加盟してくれない」と考えてあえて使用していることがある。
 
 5 立証方法の工夫
(1)「そのようなことは言っていない」への対応
   加盟者はフランチャイズ本部を信用してそのフランチャイズに加盟するのであり、勧誘時の担当者の説明を録音している者はまずいない(他方、近時はコロナ禍の影響でウェブ会議による説明会を開催することも多くなり、フランチャイズ本部側では録画をしていることはあり得る)。
「言ったか言わないか」といういわゆる水掛け論のような徒手空拳では良い結果を導くことは困難である。勧誘資料との整合性や、勧誘時のメモ、関連メールなどを手がかりとして、加盟者側の主張がそれらと整合し、一貫していることを指摘すべきである。
(2)他の既存加盟者からの情報入手など
   パソコン教室のフランチャイズに係る前掲横浜地判平成27年1月13日は既存加盟店の売上等の実績値の立証において、原告側で被告に対する文書提出命令を申し立てた。しかし、本部側がこれをとことん争い、訴訟が長期化する様相を見せたので取り下げた。代わりに、原告が他の加盟者に連絡をして入手できた他の加盟店の売上実績の提出や、原告自身が本部のホームページを丹念にチェックし、次々と既存店が閉店していく状況(なお、原告が開業した大阪府内では最終的には15店全滅)をエクセルの表にまとめて(廃業率も計算し)、適時に繰り返し証拠として提出したことで、収益情報に関する情報提供義務違反の認定に至ったと解される。   
 6 損害論
(1)初期投資
   情報提供義務違反と相当因果関係のある損害とは何かについては定説はなく、裁判例の判断も様々であるが、「契約締結上の過失の損害はいわゆる信頼利益に限られる」という議論に引きずられている印象がある。「契約締結上の過失」は契約締結に至らなかった事案を規律する法理であり、この法理を実際に契約締結に至っているフランチャイズ紛争に適用するのは妥当とはいえない。
  「的確で正確な情報が提供されていれば契約しなかった」というのが紛争の本質であるから、フランチャイズ本部に支払った加盟金等や物件取得に係る初期投資は原則として損害に入るだろう。
(2)営業損失
   営業損失についても争いはあるが「契約しなければ営業損失を被らなかった」はずであり、相当因果関係のある損害であることについて丁寧に主張・立証すべきである。投資被害案件での損害は投資によって現実に生じた実損額であることと同様に、一種の投資事案ともいえるフランチャイズ被害案件で現実に生じた損失を除外するのは均衡を失しているのではないか。
(3)逸失利益
   「的確で正確な情報が提供されていなければ契約しなかったし、会社員も辞めていない」という事情があれば、退社時から今後の再就職までに必要な期間(例えば6か月とか1年間とか)にかかる給与相当額を逸失利益として相当因果関係のある損害として主張・立証することも検討すべきである。
 
 7 過失相殺
   フランチャイズでは情報提供義務違反が認定される事案でも過失相殺は当然であるかのような議論がある。加盟者の契約締結に関する適切な意思決定の機会を喪失させられたというのが事の本質なのに、その裏返しとして「加盟者が安易に本部を信用した」ことを過失相殺に相当する落ち度と把握するには疑問がある。不法行為における過失相殺の本質に遡って、過失相殺すべきではないことを丁寧に主張すべきである。
   前掲の放置自転車回収業に関する東京高判平成30年5月23日(判時2384号51頁)は一審判決が5割の過失相殺をしたのを取り消し、故意の詐欺に該当するとして、過失相殺なしの請求額全額を認容している。加えて、判例時報の冒頭に付された解説も端的かつ明快であり、参照に値する。

第5 他の紛争類型も含めた参考文献
   実務処理にあたって参照すべき基本的文献を挙げる。木村義和愛知大学教授及び長谷河亜希子弘前大学准教授は他にもフランチャイズ分野に関する論文を多数書かれており、参照されたい。

 【全般】
 ・日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『フランチャイズ事件処理の手引〔第2版〕』
  (民事法研究会、令和3年)  
 ・ 加藤新太郎ほか編『裁判官が説く民事裁判実務の重要論点〈継続的契約編〉』
  (第一法規、令和2年)
 ・西口元ほか編『フランチャイズ契約の法律相談(第3版)』(青林書院、平成17年)
 
 【情報提供義務違反】
 ・若柳善朗「フランチャイズ契約紛争と要件事実」
  山浦善樹編『民事要件事実講座5 企業活動と要件事実』(青林書院、平成20年、145頁)
 ・宮下修一『消費者保護と私法理論-商品先物取引とフランチャイズ契約を素材として-』
 (信山社、2006年)
 
【競業避止】
 ・永野周志ほか『営業秘密と競業避止義務の法務』(ぎょうせい、平成20年)
 ・長谷河亜希子 「フランチャイズ契約終了後の競業避止義務について-再論―」
  『人文社会論叢社会科学編』22巻69頁
【更新拒絶】
 ・加藤新太郎編『判例check継続的契約の解除・解約』(新日本法規、2001年)
・木村義和「本部による恣意的なフランチャイズ契約の解消や更新拒絶に対する制限-誠実義務と正当事由の検討-」『法経論集』227号57頁
【コンビニの会計問題】
 ・波高巌「フランチャイズ・システムにおけるオープンアカウント制について」
  (NBL991号28頁)
 ・中村昌典「コンビニ・フランチャイズの会計問題-二つの最高裁判決を手がかりとして-」
  北野弘久先生追悼論集刊行委員会編『納税者権利論の課題』(勁草書房、2012年、89頁)
 

2025年06月26日